1.はじめに
映画:『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(Everything Everywhere All at Once)
監督・脚本:ダニエル・クワン、ダニエル・シャイナート
監督・脚本は、ダニエル・クワンとダニエル・シャイナーとによる2011年から活動をしている「ダニエルズ」。『スイス・アーミー・マン』(2016)以来の長編映画です。
この作品は、ただのSF映画ではなく、家族愛、アイデンティティ、そして存在意義を探る深遠な物語です。
2.映画の概要
エヴリン(ミシェル・ヨー)は頼りない夫/ウェイモンド(キー・ホイ・クァン)とレズビアンで反抗期の娘/ジョイ・ワン(ステファニー・スー)、ボケていて頑固な父/コング・コング(ジェームズ・ホン)と暮らしながら、破産寸前のコインランドリーを抱え、困窮していた。
税金申告の締め切りが迫る中、唐突に“別の宇宙(ユニバース)から来た”という夫のウェイモンドが現れ、エヴリンは現在と異なるマルチバースに飛び込むことに。
そこでカンフーマスターさながらの能力に目覚めた彼女は、全人類の命運を懸けて壮大な闘いに身を投じることとなる。
3.来歴
映画制作・配給会社は「A24」(エー・トゥエンティーフォー)で、第89回アカデミー賞に輝いた『ムーンライト』(2016)や、日本でも社会現象になった『ミッドサマー』(2019)などエッジの効いた作品を世に送り出しています。
本作では、第95回アカデミー賞で作品賞をはじめ、主演女優賞(ミシェル・ヨー)、助演男優賞(キー・ホイ・クァン)など最多7冠を受賞しています。
ミシェル・ヨーは、1984年に香港のCMでジャッキー・チェンと共演でデビュー。当時はミシェル・カーの名前で活動。翌年から映画に出演し、香港映画界で活躍するアクション女優として人気を博します。ミシェル・ヨーに改名し、『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』(1997)のボンドガールでさらなる注目を集めました。
キー・ホイ・クァンは、子役として『グーニーズ』(1985)や『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』(1984)などに出演してブレイクした後、アジア系俳優が活躍できる場が限られていたため、表舞台を離れて裏方の仕事をしていました。しかし、助演男優賞を獲得し、俳優として見事に復活を果たしました。
アカデミー賞の授賞式で、ハリソン・フォードとハグするシーンは胸が熱くなりました。
4.ストーリーの魅力
物語は、一見すると複雑に見えますが、その根底には普遍的なテーマが流れています。
カオスなSFアクション映画をイメージしていた人も多いと思いますが、ストーリーの本題は一貫して”家族”を軸にしています。
エヴリンは多元宇宙を旅する中で、彼女は自分自身と家族の関係を見直し、自己発見することができます。
自身が選択し得た様々な人生を旅することで、自身の殻を破り、相手と本音で対話することができるようになります。
この過程で、観客は彼女の感情の変化や成長に共感し、感動を覚えます。
”自身の選択から枝分かれしたマルチバース”の表現はジャコ・ヴァン・ドルマル監督の『ミスター・ノーバディ』(2009)にも通ずるものがあります。
5.視覚効果と映像美
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』の視覚効果は圧巻です。
多元宇宙の描写は、鮮やかで斬新なビジュアルを提供し、観客を引き込む力があります。
並行世界が目まぐるしく変化し、なかなか理解が追いつきませんが、独創的で圧倒的な世界観に引き込まれます。
CG技術と実写の融合は見事で、特にアクションシーンではその真価が発揮されます。
特に印象的だったのは石のシーンで、字幕のみで劇場内が一気に静まり返ります。
内容も哲学的な会話となっており、観客は急速にカタルシスへと誘われます。
あくまでもカンフーアクション×マルチバースは”家族”との関係性や心情を表現するためのメタファーであり、視覚的な補足要素だと感じました。
6.映画のテーマとメッセージ
この映画の中心テーマは「自己発見」と「家族愛」です。
エヴリンの旅は、自己を見つめ直し、家族との関係を再評価する過程です。
観客は、彼女の葛藤や成長を通じて、自分自身の人生についても考えさせられます。
また、映画は「多元宇宙」という概念を通じて、無限の可能性と選択の重要性を示唆しています。
最後はマルチバースを通して、家族と自分自身を理解することで、相手を尊重し、受け入れることができたエヴリンは家族との良好な関係性を取り戻します。
「一度にすべて(All at once)」まさに映画のタイトルに相応しい感動的なラストでした。
男性人気が高い映画ですが、是非とも家族で一緒にご覧いただきたいおすすめの映画です。
クワン監督は「哲学的テーマとアクションを融合した映画を撮れたら引退してもいい」と語っおり、その思いを強く感じる作品となっていました。
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